2013年2月11日

雑記ノート|どっちが本当? 英語はみんなに必要なのか!


こんにちはShige-sanです。

 もう4回目の記事ですね。

 新人の頃、シンガポールで日本のお客様と企業見学に行きました。その時、来るはずの通訳がおらず、急きょお鉢が回ってきます。英語は片言で、聞取りも危険なレベル。脂汗が出ます。しかし幸運なことに案内の女性は日本への留学経験があったことです。簡単な英語でお話ししてくれました。「大丈夫よ~」と日本語で言われた時には、涙が出るほど感謝しました。

 さて、本日のテーマは「英語はみんなに必要なのか」です。


 元日本マイクロソフト社長の成毛眞さんに『日本人の9割に英語は要らない』(祥伝社 2011)という著書があります。ほとんどは日本人同士で日本人向けに仕事をしているため、英語をやる暇があったら良書でも読んで自己を陶冶すべきだろうと言った類のお話をされています。

 さて、ビジネス上ではどうでしょうか? 

 考えると当たり前ですが、英語の必要性はその組織のお客様と社内の使用言語で決まります。

 外資系であっても、日本企業を顧客とする会社の多くはトップマネジメント層以外で英語を求められないところも多数あります。日系企業で主要なお客様が外国企業という場合は、業務経験と知識を持ったスタッフと、「英語屋」と呼ばれる語学堪能な営業スタッフが組んで仕事をするのを良く見かけます。

 一方、外資系コンサルティングファームなど専門性の高い企業では英語は必須です。世界でトップティアと呼ばれるエリートを採用し、グローバルに人材配置することが前提なので、英語ができるのは最低条件として必要です。

 以上のように、英語の必要性はその組織に業務特性で決まるわけです。そのため、ほとんどが国内向けの仕事である私たちの社会では、確かに9割の確率で英語は使いません。

 しかし、TOEICの受験者数も年々増えています。何故でしょうか。

 一つの仮説ですが、多くの企業で「将来グローバル対応しなければならないかもしれない」という漠たる思いがあり、社会人や学生もそうした方向をなんとなく感じて、「とりあえず英語」になっているのではないでしょうか。非常に曖昧な動機ですが、「辞令一つでどこでも異動」が基本の日本企業です。こうした「曖昧な方向性への準備」は合理的です。明日何が起こるか予想がつかないからです。予想がつかないが故に、準備も的を絞りきれないのは仕方がないことです。

 そして、「これからは英語くらいできて欲しい」と言っている偉い方は「英語もパソコンも厳しい」なんてことは普通のこと。メゲてはいけません。また、多くの企業は海外事業の比率は低く(あるいはなかったり)、あったとしても低収益です。出先も中国やアジア圏がほとんどで、英語だけではこと足りません。

 じゃぁ、英語は要らないのか?

 この答えは、自問自答で問い詰めることが重要でしょう。そして、必要と思えば努力すればよいのです。

 最後に一例を。

 カルロス・ゴーンが日産の再建に入った時、当初は英語ができる人が幹部に登用されがちでした。しかし、彼はすぐに過ちに気付き、仕事の実力で登用し英語は二の次としました(登用された後は、英語を使わざるをえない環境に放り込まれますが・・・)。

 英語を母国語とする人なら、どんなに取るに足らない人でも英語をペラペラしゃべっています。ゴーン氏は、当初、英語でコミュニケーションが取りやすく社内に詳しい社員を「仕事ができる」と見込んで登用しました。しかし、その多くが失敗します。そこで、話を聴くだけでなく、仕事を見て人を得る方向に舵を切って事なきを得ました。ですから、ビジネスであれば、重要なのは仕事に対する正味の実力。友達を作るなら、相手にとって気持のいい人間でなければなりません。

 語学はその次の次です。

 成毛さんの言いたいことも、英語の要不用を超えて、人間の中味の方がもっと重要だという問いかけではないでしょうか。

・ ・ ・ ・ ・

 無理やりまとめましょう。

 英語の前に、気持ちの良い人間になりたい!(Shige-san 心の叫び)


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